会社ごとに運賃を申請したとしたら?
各社からバラバラに申請が出るということは、さまざまな収支状況に合わせた原価計算をすることになり、異なる運賃のタクシーが混在してしまいます。
約束の時間に間に合わないので、目の前を通りかかった空車タクシーを呼び止め、たまたま乗ったタクシー運賃が安ければ文句ないでしょうが、思いもよらない「エーッ!」と叫んでしまうほど高い運賃が請求されたらどうしましょう。
タクシー毎に運賃が違う状況では、お客様は怖くてタクシーに乗れません。
そのうちに安いタクシーを選ぶ術を知ったお客様が増えれば、価格競争が激化したり、ダンピング[1]合戦を誘発して、安全運行やサービスに支障が出るのは困りものです。
また、全国に約50,000社[2]あるタクシー事業者が一斉に運賃改定を申請し、それぞれを審査するとなると行政のコストも馬鹿にできない、というか「とんでもない金額」になります。
数ヶ月かけて全てを審査していては、何時から改定出来るか分からないし、短期間で審査を終えるために役人を増やすなんて言語道断です。
POINT
- 会社ごとの運賃改定申請は不都合を生じ現実的でない
[1][ダンピング]企業努力で価格を下げる正当な価格競争ではなく、採算を無視して不当に価格を下げること。原価割れするかどうかが境目だが、企業努力っていうのが労働者側からするとくせ者で、人件費で調整して原価を調整すればダンピングにはあたらず、労働者は疲弊する。利益を生まなければ企業同士の意地の張り合い、そのうち体力のない企業は消滅して業界が荒廃することになる。
[2]タクシー会社数(平成30年3月末現在 国土交通省調べ)
法人タクシー | 福祉輸送限定 | 個人タクシー | 合計 |
---|---|---|---|
6,147社 | 10,345社 | 33,561社(者) | 50,053社 |
運賃改定審査の開始基準の変遷
道路運送法が制定された昭和26年から平成5年10月までの42年間は、昭和30年・昭和48年自動車交通局通達など運賃改定手続きの開始に関する基準により「原則として、全ての事業者からの申請が前提」として、事業者団体(タクシー協会)が一括申請するなどして同一地域同一運賃となるように運輸大臣が認可していました。
どのタクシーに乗っても同じ運賃かつ審査も早く、審査員の人件費も抑えられる最善の方法と思われてきましたが、公共性を守るためとしても、全て同じって「自由競争の原理からすると問題あるんじゃないの?」「カルテル[3] じゃないの?」って公正取引委員会から指導があったのではないでしょうか? 以降、運賃は多様化していきます。
POINT
- 平成5年10月以前は同一地域同一運賃となっていた
[3][カルテル]同種の企業が、資本主義経済における自由競争を避けて市場を独占するために、価格の取り決めをして利益を守る(増やす)手法。
公取委や特別立法で認められる場合もあるが、ここでいっているのは、いわゆる非合法の「闇カルテル」のこと。
同一地域同一運賃からの決別
これを境に各事業者が「独自に改定の申請」するようになって運賃は多様化するわけですが、これだけではA社は運賃改定をしてB社は現状維持という不均衡が起こるし、申請があれば即対応となれば毎年とか数か月ごと申請があれば対応しなくてはならないので、1社あるいは少数社だけが改定審査の申請をしても運賃改定がスタートしない仕組みが必要です。
そこで、運賃改定手続を開始するか否かの判断基準として、
- 最初の申請があった時から2ヶ月又は3ヶ月の期間の間に申請を受け付ける
- 申請事業者の車両数の合計が当該運賃適用地域における全体車両数(法人と個人タクシーの合計)の5割を超えた場合、運賃改定手続を開始
と、運用ルール作りがされました。
そして平成10年3月以降は、
- 最初の申請があった時から3ヶ月の期間の間に申請を受け付ける
- 申請があった法人事業者の車両数の合計が当該運賃適用地域における法人事業者全体車両数(法人タクシーのみ)の7割を超えた場合に、運賃改定手続を開始
と変更され現在に至ります。
[公正取引委員会調整課長及び国土交通省旅客課長覚書別添]
タクシー運賃改定申請の方法について
ゾーン運賃制の導入等に伴い、タクシー事業に係る運賃改定申請の方法については今後下記によることとし、事業者及び事業者団体を指導するものとする。
記
1.基本方針
- 事業者団体による一括申請は認めないものとし、各事業者が個別に運賃改定申請を行うものとする。
- 事業者団体が、申請内容を決定したり、これに基づき申請(申請額の変更を含む。)するよう構成事業者に協力を要請、強要とすることや、運賃改定を希望しない事業者に対して申請を行うよう協力を要請、強要すること等、構成事業者の自由意思又は活動を不当に制限することのないよう事業者団体を指導するものとする。
2.3(略)
現在は、70%ルール[4] が存在して、「各運賃ブロック内の法人事業者の全車両数の70%を超える運賃改定の申請があったとき」に審査がスタートします。
物価上昇や消費増税率[5] 変更、平成29年(2017年)1月30日には初乗り距離を2,000mから410円/1,059mにする距離短縮運賃への組み換えを行ったときなど、運賃改定には必ず計算のやり直しが必要で、審査を通過して認可されます。
運賃改定審査手順
事業者認可運賃設定 ↓ |
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標準能率事業者の選定 ↓ |
次の基準に該当する事業者を除外し、標準的な経営を行っている事業者を選定
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運賃改定要否の判定 ↓ |
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原価計算事業者の選定 ↓ |
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審 査 | 原価計算事業者の数値に基づき審査
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[4]「70%ルール」の考え方
- 適切に地域の標準的な原価を算定するためには、一定程度以上の事業者から申請を受付け、その中から標準能率事業者等を選定する必要がある。
- 利用者利便の確保の観点から、一定程度以上の事業者が、同時に運賃改定を行うことが望ましい。
- 行政コストの観点から、膨大な数の事業者の申請を個別に審査することは困難。
[5][消費税率]タクシーメーターに表示された運賃に、1円単位の端数がでないので非課税?と勘違いされる方もいらっしゃいますが、メーターには消費税を含む金額が表示され課税されています。同じ公共交通機関である電車やバスでも、端数を切り上げ又は切り捨てられた10円単位を基本とし、SuicaやPASMOなど交通系ICで支払った場合は1円単位で払います。技術的にはタクシーでも可能でしょうが、今のところ支払い方法別の設定はされていません。