<QCサークル H13年11月25日 発行(No.484)より>
片腕を失ったり足を切断されて運転手さんがタクシー勤務されているとは誰もが思わないだろう。確かにそうした身体障害者の方がハンドルを握るタクシー会社は全体としては少ないが、宮園タクシーの場合は違う。全運転手の1割に近い方々が身体障害者である。しかも、みなさんが平均以上の売り上げを上げる活躍をしているのだ。
(取材・文/編集部)
意識を変えれば普通の職場
東京都中野区に本社を置く宮園自動車(株)は,約500人のドライバーが勤務する中堅のタクシー会社。この宮園タクシー,都内に走る他社タクシーと特別変わったところがないよう見えるが,実は全ドライバーの1割に近い48名の方が身体障害者という,非常に高い障害者雇用率を達成している会社である。
失業率が過去最悪の5%に達しようとしている中で,障害者雇用も厳しさを増している。働きたくても,なかなか門戸が広がらず障害者就労率は下がるばかり・・・。
にもかかわらず,宮園タクシーはむしろ積極的に障害者ドライバーの雇用を進めているというのである。そこで同社の中でも,身障者ドライバー22名と一番多く勤務している中野営業所を訪ねて,なぜ身障者が多く活躍しているのか,お話を伺った。
中野営業所の森下英夫課長は,身障ドライバー誕生のいきさつを次のように語っている。「初めて身障ドライバーがわが社に採用されたのは26年前のこと。スキー転倒で右足関節が動かなくなった白井仁志さんが,さまざまな職業を転々とした末にタクシー運転手を希望し、ハイヤー・タクシー業者団体である「東京乗用旅客自動車協会」に就職採用を訴えたそうです。その時,協会の役員をしていたのが先代の川村社長で,白井さんの誠実な人柄にほれ込んで採用に踏み切ったんです」
当時はまだマニュアル車が全盛時だったため,さっそくノークラッチ車を購入,いくつかの難関を乗り越えて白井さんは身障タクシードライバーのパイオニアになった。白井さんは「後に続く人たちに職場を開拓する」という意気込みで事故もなく,他の健常者以上の働きを見せた。これが新聞に紹介されたり,口コミなどで広がり,普通免許や二種免許を持つ身障者の間で「宮園に行け!」という気運が芽生え,翌年にかけてさらに16人の身障者が入社したという。
会社側もこうした障害者の働く気概を受け入れ,身障者用にノークラッチ,パワーステアリング,アクセルペダルの位置変更,ブレーキ性能向上のためディスクブレーキ採用など車の改造を行ない,健常者とまったく変わりなく乗客にも気付かれずに営業できるような職場環境を次々に整備していった。
「今ではオートマやパワステは当たり前ですが,その当時はすべて車を改造しなければ対応できません。身障者に職場をという気持ちはあっても,改造費をかけてまでやろうという企業はありませんでした。では現在はどうかと見ても1,2名雇用しているという企業はあるでしょうが,それ以上というところは聞いたことがありません。むしろ,身障ドライバーを雇用してうまくいかず,『宮園さんに行ったほうが・・・』と言われてこられた何人かいます。
当社は26年という歴史とノウハウがあり,役員から他の従業員まで,そうした風土ができていますから,それが特別なことという意識がないですね」と森下課長は言う。
どうしてもお聞きしたかったのは,安全面のことと,接客業としてお客様に与える不安がないかということ。
「安全面からはまったく問題がありません。身障ドライバーと事故率の相関関係など聞いたことがありません。むしろ,障害のために事故を起こしたと言われないよう,健常者以上に気を使っていますから,安全性が高いですよ。
お客様に関して言えば,ほとんどのドライバーは義手や義足をしていますから,動きで見るだけではわからないと思います」
もう一つ,管理上で注意していることはどのようなことが伺ってみた。
「ほとんど特別なことはありません。10年前に私が現在の課を受け持った時は良くわからないもありましたが,先ほど言ったようにノウハウが蓄積されていますし,古くからの身障ドライバーの皆さんに教えられて勉強をしました。結局,気配りということでしょうか。大げさに考えず,しかし、安心して働けるような職場づくりを常に考えること」という答えが森下課長から帰ってきた。障害ということを意識することが,逆に過剰反応につながってしまうのかもしれない。
竹村さんは、会社内の障害ドライバーで作る『宮園身障二種免協会』の4代目会長を務めている。
トイレの場所を記憶するのが大変だった
竹村哲明さんは55歳。障害は右足下腿切断である。17歳の時に事故で右足を複雑骨折した。その後洋服のテーラーを経営するまでになり,名工士として注文が殺到した。あまりの多忙さに精神的ストレスを感じて1990年に転職。
4年前に転倒して,同じ右足を痛め後遺症が治らず右足を切断,現在は義足を装着しての運転だ。
「宮園に入社してから二種免を取得しましたが,最初はハラハラ,ドキドキ。でも会社には多くの障害者がいて,『心配することないよ』と仲間がカバーしてくれた。一人だけだったら,いたたまれなくなったかも・・・」
竹村さんは、会社内の障害ドライバーでつくる『宮園身障二種免協会』の4代目会長を務めている。
杉浦善弘さん(54)は左上腕部2分の1欠損の障害を持つ。前職は電気工事店を経営。電気工事中に6千ボルトの高圧線に触れ左手の肘から10cmほどを残して切断。入院先で,たまたま障害ドライバーの第1号で活躍した白井さんと出会い,宮園タクシーでの経験談を聞くことができた。店をたたんでタクシー業としての再起を決意し二種免を取得,1994年入社した。
「私は東京生まれで地理もわかるし,自営だったので,人に頭を下げるのも平気。ただ、お客さんの荷物を載せる時に手がかせず不便を感じるくらいです。私たちはこれ以外に自分の仕事はないと思って目一杯頑張りますから,売上もトップクラスが何人もいますよ」
宮園タクシーはハイヤー・タクシー50社が加盟する東京無線グループに加盟しているが,杉浦さんはサービスリーダーとして新人乗務員を指導するなど,健常者と同じ土俵の上でもリーダー的役割を果たしている。
加藤輝男さん(58)は6年前に交通事故で左足下腿2分の1を切断した。前職は小規模の自動車教習所を自営。少子化で経営が思わしくなくなり整理しようとしていた矢先の事故だった。
まだ大学生の2人の子どもを抱えて,義足のリハビリ中から職安を駆け回ったが,高年齢と障害で仕事がなかなか見つからない。たまたま立川の職安で宮園タクシーの求人カードを目にして,職安から電話を入れてもらい,その足で会社に飛び込んだ。
そうはいっても,義足で歩くこともままならない状態では不安がつのる。すると面接の森下課長から,「加藤さん大丈夫ですよ。ウチではもっと重度の身障ドライバーが仕事をしています」と励まされた。「今までに,こんなうれしい言葉はなかった」と加藤さんは言う。
「車を動かすことの不安,施設の不安,そして何よりも自分自身が義足で生活できるかという不安だらけのスタートでしたが,先輩達に励まされ何とか不安を克服できました。当時は義足に慣れずトイレでしゃがむことができなかった。だから洋式トイレがある施設、役所、病院の所在を先輩に聞いたり,走りながら記憶するのが大変でした。
会社にはホット式便座がありましたし,階段も手摺りが設置されていて,さすがだな,歴史があるんだなと感心しましたね。問題は,企業にそうした積極的に障害者を雇用する気持ちがあるかどうか,ということでしょう」
会社にも社員にも大きなプラス
障害者の雇用については,障害者雇用促進法において,すべての事業主が法定雇用率に従って身体障害者又は知的障害者を雇用する義務を負うこととされている。しかし、法定雇用率を達成できない企業が全国で55.7%もあり,とくに企業規模が大きいほど未達成の割合が大きい。
一方で,障害者が就業することが困難であると認められている職種については,その度合いによって10%~100%の除外率が設けられている。これによって雇用率の算定の際,従業員数から一定割合を除外できる。タクシー業界もその一つで75%という高い除外率が設定されている職種である。
しかし,施設・設備の改善や技術の進歩,助成措置の充実によって身障者が働きやすい職場環境づくりが可能になってきている。除外率にかかわらず障害者雇用の推進が要請されてもいるのだ。
ただ,こうした法制度上だけの論議では,なかなか障害者の雇用が推進できないのも事実。この点,宮園タクシーには身障ドライバーの人たちの活力を企業の事業展開に取り入れようとするプラス思考が随所にうかがえる
養護施設などの送迎を行なう福祉部門の事業展開を始めているのも,そうしたことの一つと言えよう。介護保険法を契機に身障ドライバーからも意見を求め,介護タクシーの展開も進めている。
「バリアフリーの考え方が普及して,障害を持つ方がどんどん社会に出るようになりました。タクシー業界もそうした動きに何らかのお手伝いをしたいと考えています。ハンデを持つ方々にさりげなく,自然にできるサービスの知識をドライバーに身につけていただきたい。その点で身障ドライバーの体験的な意見は非常に大切なんです」と森下課長。
前述の『宮園身障二種免協会』は宮園タクシーの身障ドライバーが自主的につくっている親睦会・勉強会の組織だが,年に数回の親睦旅行を行なうほか,手話講習会などを開いて身障ドライバーだからこそできるサービス向上の工夫を模索してきた。
その成果として,このほど「私たちにできる介護タクシーの実践と研究」というパンフレットを作成。視聴覚障害者・高齢者が安心して利用できるタクシーを目指して,全従業員の意識を喚起するような活動につながっている。
協会の会長を務める竹村さんは,現在,自らホームヘルパー2級の資格取得のため講習に通っている。やがては協会の会員の多くが可能な限りこうした資格を習得して,宮園タクシーの福祉部門における中心的な役割を果たすに違いない。
「身障の方でやる気のある方は,どんどんわが社のドライバーとして応募してほしい。彼らの活躍は会社にも社員にも大きなプラスになります」
そうした森下課長の言葉は,宮園タクシーが身障ドライバーにかける期待の大きさを物語っている。