全国で8千台突破

JPN TAXIが発売されて、去年の10月で1年が経過したわけですが、販売台数は全国で8千台を突破したということです。
人口もタクシー台数も多い東京がダントツ1位で50%越えの4,600台、2位はクルマ好きなら予測できそうな県(答えはのちほど)で550台ほど、 続いて3位が北海道で450台となっています。

雪の積もる地域でスロープ設置は無理じゃないかとか、屋根代わりになるテールゲートがないと車いすのお客様が濡れるとか、そもそもLPGが入手しにくい地域もあったりと、クリアしなければならない課題は山積のはずですが、それでも魅力ある車なのですね。
続いて神奈川、京都、大阪が200台ほど、千葉、埼玉、静岡、福岡、沖縄も100台以上の実績となっています。

東京オリンピック・パラリンピックが開催される2020年末までに、福祉タクシー・ユニバーサルデザインタクシーを2万8,000台導入の数値目標があるのですが、このペースでいけば楽々達成・・・と思ったら、目標を4万8,000台に上方修正が決まったようで、それもクリアできそうな勢があります。
(もう一度上方修正とかなると、すごいことです)

宮園も4~5台/1か月のペースで代替えが進んでいますが、どうやら今年の4月にマイナーチェンジがあるらしく、現行モデルの納車は一休みするようなので、若干ペースダウンするんですかね。

導入台数第2位の県は、トヨタ自動車のおひざ元、愛知県でした。
勝手な思いですが、トヨタ車ばかりが走っているイメージがあるので、そう考えるともっと多くても良いかとも思えますが・・・。

2019年の協会活動が始まりました

ドアを開いたタクシーに向かい大麻(おおぬさ)を振るう神職の写真
お祓いを受けるタクシー(ふさふさは大麻(おおぬさ)という祭具で、汚れを払い落とすということです)

平成31年1月10日、東京のへそ大宮八幡宮に於ける「新年交通安全祈願祭」をもって協会の活動が始まりました。
拝殿にて交通安全の祈祷を済ませた後、タクシーのお祓いを受けます。
その後、清涼殿に移動して初顔合わせの会食です。

挨拶する会長の写真
伊澤会長の新年挨拶から始まります

毎年1月10日恒例の行事で、神職からのご挨拶も頂き、1年間無事故かつ健康で過ごせるよう願い、全会員に交通安全木札守が配られました。
お酒も飲む人はクルマを置いて、この日仕事の人はアルコール類抜きで、節度はしっかり守られています 。今年もよろしくお願いいたします。

本年もお世話になりました。

宮園自動車は本日が仕事納めです。
今年も宮園身障二種免協会のウェブサイトからご応募いただき、新たな仲間を迎えることが出来ました。
ハンディキャップがあってもタクシードライバーとして活躍できる自信を胸に、来年も活動を続けてまいります。

協会としての活動は、新年を迎え交通安全祈願祭からスタートします。
皆さん元気にお目にかかれることを楽しみにしています。

良い年をお迎えください。

タクシーはたくさん電気使います

 JPN TAXIの動力はLPG(液化石油ガス)ハイブリッドです。
メインとして電動モータを動かす大きなニッケル水素バッテリーと、電装用の補器バッテリーとして小さな密閉型の鉛バッテリーが載っています。
どちらも大切なバッテリーで、たとえメインバッテリーがフル充電でも、補器バッテリーが上がってしまうと自慢のハイブリッドシステムは起動しなくなってしまいます。

JPN TAXI エンジンルームの写真
エンジンルーム内に補器バッテリーはありません。車両後部のラゲッジルーム内にあります。

実は、補器バッテリーが上がってしまう事案がかなりの頻度で起こっています。
営業所内に駐車中でも電気を使い続け、いつの間にか上がってしまうのは、ちょうど バッテリー消費の多いスマホアプリを立ち上げっぱなしにした時のようにです。

この厄介なアプリに該当する1つはドライブレコーダーです。
フロントウインド越しにクルマの外を写すカメラと車内用のカメラ、そして音声を記録していますが、自家用車だとキーをひねって(スタートボタンを押して)メインスイッチが入ると録画開始し、オフにすると撮影を止めるのが基本です。
駐車後も数時間延長したり、衝撃など異常な動きを感知すると録画する機種もありますが、基本はキーを抜けば録画も中止です。

ところが365日稼働を続けるはずの当社のタクシーは、駐車中も24時間切れ目なく録画を続け、継続した画像を蓄えています。
これにより、例えばファミレスの駐車場に駐車して食事をしているときでも何か問題がおこれば画像解析ができます。(複数のパスワードロックが設定されているので、誰でも見られるわけではありませんが…)

ところがその代償として、駐車後48時間で合計17Ah程度の電気を消費するということで、45Ahの容量の補器バッテリーにとって大きな割合をしめます。はじめ100%充電されていたとしても、ドラレコ以外ほかにも電気を使っているので60%以上の電気を消費してしまうのです。
一般的に残量が30%~40%程度になると始動困難になるということなので、何かの都合で2日間駐車するとアウトなんです。

お正月を迎えると、タクシーの稼働台数もグッと減り、営業所内に駐車して営業をお休みする車が増えます。
昔のクルマなら、バッテリーのプラス端子を外して置いたのですが、今の電子制御だらけのクルマでそんなことしたら、再稼働させるのが大変です。
どうするんでしょう? お正月に出勤する整備士や運行管理者でバッテリー保護のためにエンジンをかけたりするんですかねぇ?!

ジャパタク・フォローアップ研修

ジャパンタクシーの車いす乗車拒否問題。テレビでもネットでも取り上げられ、あえてここではあえて言いませんが、タクシー関係者ならもっともな、その根幹にある課題は置き去りにして問題視されています。
東京オリンピック・パラリンピックで海外から大勢のお客様を迎えるにあたり、車いすユーザーにも世界一の東京のタクシーを快適にご利用いただく目標達成には、この車をで営業するタクシー乗務員の「心のバリアフリー」と「介助技術」に頼るところが多いことは明らかですが、2020年はもう目の前ですから解決を急がなくてはなりません。

スロープ設置の確認をしている写真
ジャパタク・フォローアップ研修

先週12月4日、6日に、ジャパタク・車いす乗車フォローアップ研修が行われたので、参加してきました。
6日は8名の参加者が集まり乗車手順の確認が行われましたが、忘れてしまっていた部分もあり、このような機会があれば継続して参加する必要性を思い知らされました。

今回のメンバーのタクシーなら、乗車地降車地に安全な作業スペースが確保できること、多少時間がかかってもお待ちいただけることの2つの条件をのんでいただければ、車いす乗車を拒否することはないでしょう。

と同時に、先ほど根幹に課題があるとした問題が解決すれば、乗車拒否問題は解決に向け加速するはずなのですがね。
この課題には卵と鶏のような側面があるのですが…。

2019年4月にJPN TAXIスロープ改善

ジャパンタクシーによる車いすユーザー乗車拒否問題はひとまず置いておいて、スロープ設置に時間がかかる問題も各所で話題に上ります。

また、スライドドアの動作に時間がかかり、ドアが閉まりきる前に発進して「怖い」とクレームを受けたり、反対に締まるのを待っていると「早く発進しろ」と怒られたり、こちらも難しい対応に迫られます。

これらへの対応がされるという具体的情報は得ていたものの公表してよいものかわからずいましたが、2018年11月22日の朝日新聞に「トヨタJPNタクシー、車いすに優しく 五輪へカイゼン」と記事があったので、ブログでも取り扱ってみます。

2段階の改良

スロープの問題について、トヨタ自動車さんには単に「スロープ設置に時間がかかる」というのではなく、具体的に「2分割のスロープの1枚目を長くすればNo.2のスロープを準備しないで乗車できる場面が増える」とお願いをしてきましたが、スロープ延長で対応いただけることが決まりました。
設置時には横幅がもっと増えてしまう問題はありますが、割り切りは必要だと考えています。
地域によっては「改善になってない(いや改悪だ)、という意見も出るかもしれませんが、全ての希望を取り入れるのは小さなタクシー車両では不可能だと思っています。

なおスロープの改良については2段階あります。
来年4月から納車されるものは、車両との接続方法もかわるので現行のスロープと互換性がありません。
既に納車済みのジャパンタクシーが約8,000両あり、こちらはいわゆる神奈川トヨタ方式を標準として、2枚のスロープをつなぐ安全ピンの部分を操作しやすく改良したものへと交換され、2019年1月に実施されるということです。(すごい経費となるでしょうから、トヨタさんの本気を感じます)

神奈川トヨタ方式
そして、4月からは長さ約1.1m、2つ折りになったスロープが搭載された車両の納車が始まるのです。
ただし「UDタクシーレベル1」の条件(スロープの角度14°)を満たすために、短い2枚目のスロープがあります。

そのほか、病院など車いすユーザーの乗降が多い場所には設置型のスロープが準備される情報もあり、車いすのまま乗車する環境は少しずつ良くなっています。
乗車拒否の問題を改善するのはタクシー業界と乗務員にあるので、しっかりと対応しなくてはいけませんね。

スライドドアのスピードアップについては、後日取り上げたいと思います。

平成最後の忘年会

あいさつする伊澤会長の写真
伊澤会長の挨拶から始まった

師走が近づくにつれタクシー業界は活気づきます。
お酒の席が増えるこの季節、タクシーを利用されるお客様も増える繁忙期を迎えます。
ですから、私たち身障二種免協会の忘年会は11月に行われるのが恒例で、OBの先輩方も大勢集まっていただき、先週の土曜日(平成30年11月24日)大盛況となりました。

冒頭の伊澤会長の挨拶では「今年は、小泉さんと高橋さんの新メンバー2名を迎えることができ、賛助会員として須藤さんも加わった」と紹介がありスタートしました。
また、第2代会長の島田良三さんからは、作家の影尾光紀さんの力を借りて自伝を作成中との報告があり、完成が楽しみです。

JPNはコンフォートとくらべ

JPNとコンフォートのサイズ比べのイラスト
不許複製(無断転用は絶対にダメ!)

営業所の若手運行管理者がこんなものを作ってくれました。
新世代タクシーであるJPNタクシーと、これまでのタクシーの標準であるクラウンコンフォートのサイズ比較です。

セダン型からジャパンタクシーに乗り換えると随分と運転感覚が違うもので、ぶつけたりしないようにとの心遣いです。
今時、手書きで切り張りとは味がある!
左ミラーがないのはなぜ?

  • 運転席からフロントまでの長さは「35cm」も短くなっています。前方にイメージを置かないと後輪が残ってしまうのです
  • ノーズの高さは「11cm」高くなって前によりにくいかも?
  • 地上高は「3cm」低くなっています。
  • ホイルベースは「7cm」長いです。最小回転半径は「30cm」ほど大回りです。
  • 全長は「19cm」短くなったのにハンドルはキレない!? コンパクトサイズになったので小回りが効くとは限らないのです!
  • 車高は「175cm」、行燈を入れると「2m」 マンション駐車場などは1.9mなんてあるので注意です。
  • ハイブリッドのためNニュートラルだと充電されないので、従者時はPパーキングで!

小さなスイッチにも要望が生まれます

日本だけのおもてなしであるタクシーの自動ドア、これまでのセダンタイプではレバーによる手動式が主流でした。
これは、上に引き上げると開き下げると閉じる、長さがあるレバーのおかげで軽い力で操作できる良くできたものでした。

スライドドアスイッチの写真
JPN TAXI スライドドアスイッチ

今後導入されるジャパンタクシーについては、電動式のスライドドアが標準装備です。
ドアトリムにあるスイッチを、指先で押し下げ続けると開き、引き上げる続けると閉まります。
スイッチ自体が重いことはありませんが、この「続ける」という操作が、手指の力が弱い人にとって負担となります。
下げる時は腕の重さで何とかなるのですが、特に引き上げ続けることが難しいのです。

シーソー式のパワーウインドゥスイッチの写真
シーソー式つまみスイッチ

パワーウインドゥが出始めてからしばらくの間、このスイッチはシーソー式のつまみが採用されていたように記憶しています。
けれども、この構造には誤操作を生じてしまう危険が潜み、腕のヒジなどが触れてしまった時に意図せず閉まるという問題から最悪挟み込み事故となるのです。
現在のスイッチが、閉める時に引き上げる仕様になっているのは、この事故を防ぐためだと考えられます。
スイッチから指を放せば止まるように、AUTO機能が無いのもドア挟み込みという重大事故を防ぐには仕方のないことでしょう。
しかし、障害によって操作が困難な立場とすれば、何とかならないものかと期待します。
シーソー式なら、腕の重さを使ってどちらにも押し続けることができるのです。

自家用車であれば、つまみの代用品を接着剤やビスで付ければ済むのですが、タクシーの場合はいろいろな人が乗務するので、誰が使ってもトラブルとならない改造が求められます。
会社の整備工場でも検討して頂いているので、そのうちに解決策が見つかるかもしれません。

フジオートさんとの相互リンクが決まりました

http://www.fujicon.co.jp/
Link:フジトート(FUJICON)ホームページ

自動車運転補助装置の(有)フジオートさん(本社:東京都小金井市)といえば、身障ドライバーにとって症状に合わせた各種補助装置を提供していただける会社として、ご存じの方もいらっしゃるのではないでしょうか?

ジャパンタクシーの左アクセルと手動サイドブレーキの改造もフジオートさんにお願いしましたが、昨日ウェブページの相互リンクの提案をしたところ快く受けて頂き、さっそく宮園身障二種免協会のトップページに“バナーを勝手に作成して”リンクを張らせて頂きました。


フジオートの創業者である藤森善一さん( 大正4年-昭和61年)は、 昭和28年5月25日未明 の事故が原因で両足を切断、これをきっかけとしてたぶん日本初であろう手動運転装置を完成させたのですが、当時の道路交通法が立ちはだかり、運転免許を失効してしまします。
それでも諦めきれない藤本さんは、 警察や陸運局へ何度も通って免許制度の改正を訴え続け 、ついに 昭和35年12月、道路交通法が改正されて身障者にも運転免許取得の道が開かれたということです。

タクシー乗務員に必要な二種免許の取得が可能となったのが昭和49年のことで、そこから日本初の身障タクシードライバーとして活躍した 白井仁志 さんの話に続くのですが、その原点として藤森さんの健闘があってのことかと思うと感慨深いものがあります。
藤森さんがいたからこそ、今の我々身障タクシードライバーがいるのです。

藤森さんは、
「ただひとつの心配は、“教え子”たちが事故でも起こせば「身障者には危なくて免許をやれない」といわれること。この人たちを東京に集め「君たちが事故を起こせば全国の身障者の免許取得の道は閉ざされてしまう」と、事故防止を強調し続けている。(昭和39年8月24日 朝日新聞:フジオートさんのパンフレットより引用)
との言葉を残しています。

昭和37年11月に、長野県小布施町に身障者専門の自動車教習所を立ち上げ、当時の思いが綴られているものと思われますが、宮園身障二種免協会創設の根源である、「身障ドライバーが交通事故を起こして障害者を作ってはならない」という誓いにも通じます。

詳細は、フジオートさんのウェブサイトの「フジコンのルーツ」のページをご覧下さい。